野菜と花作りで日々充実
(講談社版・定年学に掲載)
定年まで勤務一筋でやってきた。定年を迎え、寂しさがこみあげてくる反面、これから自
由な時間が持てるという、わくわくした高揚感を覚えた。旅が好きだったわたしは、妻と
二人、国内国外問わず、さまざまな場所を旅した。その土地その土地で見聞を広め、交友
の輪も広がった。はじめは見るもの聞くもの触れるものすべてが新鮮だった。しかし、時
間の経過とともに虚しさと飽きがわたしを襲いはじめた。旅が単調になっているような気
がしてきた。次第にわたしは出足が鈍るようになり、家に閉じこもりがちになった。定年
を迎えたとき、自分が想い描いた生活はこんなものだったのか、人生の残りの時間を、こ
のまま惰性で生きていくのか、もっと生きがいのある対象はないだろうか。漠然とした不
安が常に脳裏を去らなかった。
そんな折、妻が友人から畑の耕作を勧められた。400坪ばかりあいている土地がある
から野菜や花作りをやってみないか、という話だった。思ってもいなかった話だったとに
かく、やってみよう、いや、やっみたいと思った。わたしは飛びつくようにその話にのっ
た。
場所は神奈川県茅ヶ崎市の郊外、肥沃な土地だった。周辺はたいへんのどかな雰囲気で
耳をを澄ませば自然の声が聞こえてくる。遠く富士山、大山、丹沢連峰が一望できた。は
るにはウグイスの美しいさえずりが聞こえてくる。大きく深呼吸すると、自分が自然の中
で「生きている」ことを実感した。新しい出発の意識が自分の中に芽生えはじめていた。
100坪の花壇には四季にわたって花が絶えないように、いろいろな種類のものを植え
た。花の名前を覚えるたびに、驚きと達成感を感じた。近くを散策する人々が「きれいで
すね!!」」といってくれるのは何よりの励みであり、嬉しかった。
残りの300坪は、有機無農薬野菜用にあて、旬の野菜作りに精を出した。肥料は、生
ゴミをEM菌(醗酵有用菌)によって醗酵させ土に埋めた。これがたいへん、有効だった
。とれる野菜の色、艶、味は近所でも評判である。自分の作った野菜が、ほかの人々に喜
んでいただけることが、なによりの喜びとなった。また、妻も畑作業に参加し、苦楽をと
もにしている。
無農薬なので、夜なべ仕事で生ゴミをはさみで切ったり、虫害を未然に防ぐため二人で
虫卵を取り除いたり、根気のいる仕事だ。二人で頑張ったからこそ途中で挫折せずにすん
だ。
一日おきに車で菜園に出かける日々。畑でおにぎり弁当を食べながら、冨士を眺める。
なんという贅沢だろう。ひょんなことから出た畑の耕作が、今のわたしの生活を充実感の
あるものにしてくれた。耕作を通じ、自然や人への感謝の気持ちも再認識させていただい
た。今、畑では、色々な野菜が収穫期を迎えている。

